2009年02月24日

山椿

   やまつばき1.JPG   やまつばき2.JPG

猫加齢のせいでしょうか?
最近よく故郷のことを思い出します。
特に、庭のようにして駆け回った早春の野山が、鮮やかな映像となって浮かびます。
年齢とともに左脳が退化し、右能の映像が鮮明になってくるからだと思います。
山椿もそんな鮮やかさで記憶の底から浮かびあがってきます。
子ども時代は誰でも秘密基地を作ろうとしますが、私も独りだけで過ごす秘密の場所がありました。
裏山の山道を登りきった処で、小さな谷川の源になっており、山仕事の人意外は誰も通らない場所でした。
そこには1本の大きな山椿がありました。
樹齢はどの位だったのでしょう?
子どもの私が登って時間を過ごすには充分の枝の太さでした。
早春にはぎっしりと花をつけ木の下は落椿で赤くなるほどでした。
少女時代の私は学校から帰ると直ぐに、その場所に行き、椿の木の上で色々な空想をしました。
そこでは、お姫様になることも出来ました。
木の上に飽きると谷川に降りて川の落葉を取り除きながら、大人になったら、ここに庭を造ろう等と考えたりしました。
鳥の声、風のそよぎ、水のせせらぎ、そんな感覚が鮮やかに蘇ります。
今までの人生の中で何ものにも代え難い豊かな時間でした。
そんな故郷の山が、今は荒れに荒れています。
実家の兄の話では、椿は勿論、どんな木の葉も鹿に食べ尽くされ一木一草も無い丸裸の山になっているとのことです。
どうして、こんなことになってしまったのでしょう?
どうして私たちは何もかも無くしてしまったのでしょう?
次世代に思い出さえ残してやれないことに、忸怩たる思いがします。失恋


   踏みたればいのち踏むごと落椿
posted by あいちゃん at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月17日

春の雪

はるのゆき1.JPG はるのゆき2.JPG

猫昨日今日と北風が強く雪も降っています。
先日の陽気が嘘のようです。
春一番の後、寒の戻りがあるのは例年のことですが、こうも気温の変動が大きいのはやはり異常だと思われます。
気候だけではなく近年は何事につけ、ゆるやかということが無くなりました。
緩やかとか、曖昧といったことが嫌われ、スピードとハッキリした結果が要求されます。
でも、長い眼で見るとそれが果たして良い事かどうか疑問に感じます。
極度の緊張はあまり良い結果をもたらさないような気がします。
張り詰めた糸より弛みを持たせたもののほうが切れにくいことは誰でも知っています。
長年続けているちっぽけな私のお店でも、店が気に入ったと仰って頻繁に来て下さるお客様より、付かず離れずご来店頂くお客様のほうが何十年間もご贔屓になっています。
もしかすると、緩やかさや、曖昧さを経てしか結果が見えないことが沢山あるのではないでしょうか?
余りにもハッキリと結果を求めようとすることが、逆にものごとを曖昧にしているようにも思われます。
積もるでもなく積もらないでもなく曖昧な降り方をしている春の雪を見ながらそんなことを考えました。るんるん



    春の雪白に濃淡ありにけり
posted by あいちゃん at 18:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月14日

春一番

   はろいちばん1.JPG   はるいちばん3.JPG

猫昨日は一日中春一番が吹き荒れました。
立って居られないような強風で、戸を開けるのも憚られるほどでした。
今年もやはり以前に比べて季節が格段に早く進んでいるような気がします。
気温も19度と四月ごろの暖かさです。
暖かいことはとても有難いのですが、こうも極端だと不安になってきます。
近年、温暖化の影響で著しく自然の様相が変わってきています。
先日もお客様が山に栃の実が生らなくなってしまったと話されていました。
又、あるお客様は、猪が痩せていて、捕獲しても食用にならないと仰っていました。
山に食べ物が無くなって人家近くの田畑を荒らしていますが、それでもやはり、かっての山での豊かな実りには到底及ばないのでしょう。
自然の歯車が何もかも狂ってしまっているような気がします。
猪やその他の生き物達の飢えは明日の人間の飢えだと思います。
俳句を学ぶ手だてとして歳時記を書き写していますが、その中に出てくる自然の豊かさに驚きます。
そして、子供の頃にはまだ存在していたそれらが姿を消してしまった年月の短さに愕然とします。
この年月を生きてきた私たちが為してしまった自然への冒とくにどう責任をとればよいのでしょう?
近年の春一番は未来への希望ではなく、過去への懺悔の扉を押しているような気がします。失恋


    春一番地球の喘ぎゐたるかな
posted by あいちゃん at 15:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月09日

猫柳

   ねこやなぎ3.JPG   ねこやなぎ2.JPG

猫お客様が猫柳を持ってきて下さいました。
お持ち頂いたというより、わざわざ探してきて下さったのです。
というのは、昨日お店の定休日だったので句材にしようと猫柳を見にゆきました。
ところが、近くの川岸のどこを探しても猫柳が見つかりません。
猫柳は元々、川柳といわれ川岸に自生しています。
子供の頃の記憶を辿って自生をしていそうな場所を探すのですが、数年前の洪水の影響でしょうか?
それとも復旧の護岸工事で絶えてしまったのでしょうか?
川土手を歩いてみましたが、とうとう見つかりませんでした。
今朝お見えになったお客様にそのお話をしました。
その方は街にお住まいですがお勤めの傍ら、生家の田畑も耕作されており、猫柳のこともよくご存知です。
「よし、探してみてあげる」と仰ったその言葉通りに見事な猫柳を持ってきて下さいました。
お持ち頂いたのが、ちょうどランチタイムで私の手が離せず、店先において帰られました。
お店が空いてから壷に入れ心ゆくまで眺めさせて頂いています。
何処の川岸から探してきて下さったのでしょう?
見たことのないような立派な猫柳です。
逞しくのびのびとしていて自然の中に育ったものにしかない美しさがあります。
そして、それはこれを持ってきてくださった方の心情と相通じるような気がします。
そのお客様がお見えになると、いつも義父を思い出します。
頼まれたことはどんな些細なことでも快く引き受けて、損得なしに世話をしていた義父。
そんな義父のような男気のある方が今の世にもおられることを、とても頼もしく思います。
頂いた猫柳はお店に置いて丹念に観察し、句を詠んでみたいと思っています。黒ハート


    
     川面へと光り滑らす猫柳
posted by あいちゃん at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

蕗の薹

   ふきのとう1(9).JPG   ふきのとう3(9).JPG

猫お客様に蕗の薹を頂きました。
先日、蕗の薹が見たいとお話していたら、早速今日、摘みたてのものを持ってきて下さいました。
まだ二月、以前は雪の中に埋まっていた但馬ですが、近年の温暖化のせいでしょうか?
もうこんなに大きくなっています。
まさに早春の色と香りを頂きとても嬉しく思いました。
すぐに調理してしまうのが勿体なくて籠に入れて暫らく眺めていましたが、ふとあることに気づきました。
長年、室内ばかりで暮らしているので、ずっと以前の記憶になりますが、その記憶の中にある蕗の薹と何か印象が違うような気がします。
子供の頃、深い雪が消えてやっと土が見え、そこに顔を出した蕗の薹はもっと丸く厚みがあったような記憶があります。
今日頂いた蕗の薹は、とても緑色が鮮やかで、しなやかな感じがし、薄着をしているようです。
もし、思いがけない雪が積もればひとたまりも無く凍えてしまいそうです。
環境の変化により蕗の薹も性情が変わるのでしょうか?
雪の重みをを耐え抜いて顔を出した蕗の薹には色の鮮やかさは無いけれど逞しさがあったような気がします。
温暖化が進み、雪に無防備になってしまった蕗の薹。
快適さを追い求め、足元を見つめなかった人間社会を見るようで、何か身につまされます。
それでも天ぷらにすると、香りや苦味は少ないけれど、やはり紛れもなく蕗の薹の味がしました。
そのことに希望を託したいと思います。黒ハート


    ゆるみたる着こなし流行り蕗の薹

posted by あいちゃん at 20:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月03日

蝋梅

ろうばい1.JPG    ろうばい3.JPG  

猫隣家の庭に蝋梅が咲いています。
一枝いただいて壷に挿していますが、次々に莟が開き高い香りを放ちます。
どんな花でもそうですが、蝋梅も開花するまで香りません。
花びらが開くと同時にまるで吐息を漏らすように香りがこぼれます。
そんな蝋梅を観察していると飼い猫のクーが珍しそうに寄ってきました。
クーは余り性格が良く無くて、いつも家族に叱られてばかりいるのですが、今日も又、私が書いている用紙の上に腹ばいになり、邪魔をしようとします。
たしなめると今度は前足で蝋梅の莟を落そうとしました。
ところが、次にはその動作をやめて、香りに誘われるように顔を近づけてゆきます。
その様子が、まるで人のしぐさのようで、デジカメに収めてみました。
猫は香りに敏感で、厭な臭いには本能的にものを被せて遮断しようとします。
クーは賢くないので、本能だけで生きているようなところがあり、納豆や沢庵などを嗅ぐと本能的にその辺りを前足で掻いて厭な臭いを隠そうとします。
そんなクーが顔を近づけて香りを嗅いでいるのです。
蝋梅の香りはもしかすると万物を制する力があるのかもしれません。
雪や寒風をものともせず、凛として咲いている蝋梅に秘められて逞しさを思い知らされるような気がします。
どんな草木も長い時代を生き抜いてきています。
人よりももっともっと厳しい条件の中で生き抜いてきたそんな草木の生命力を<百年に一度の危機に晒されている人間社会>は見習わなければならないような気がします。グッド(上向き矢印)


  蝋梅やひと粒の雨弾きたる
posted by あいちゃん at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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