2010年04月05日

   さくら1.JPG   さくら3.JPG

猫今日は24節気の清明です。
字の如く清らかな明るい季節になりました。
但馬の各地も桜が満開で一年で一番華やいでいます。
昨日、母を連れて出石城の桜を見に行きました。
日中は混雑が予測されたので、午後三時ごろから出かけましたが。それでもお天気が良かったのと桜の一番の見ごろとあって、多くの観光客で賑わっていました。
近くに住んでいても、めったに来る機会が無く、母などは何十年ぶりかだと言っていました。
母の記憶の中にある出石の町とは全く変わっていて観光地として整備されています。
お城の周辺には今、まさに桜が満開でまだ一片だに散っていません。
そんな満開の桜を見ながら何かしら、しっくりしないのはどうしてでしょう?何か感じが違うのです。
その原因が分からなくて、心に引っかかっていましたが、今日お店のお客さんが話されているのを聞いて、やっと思い当たりました。
「今年の但馬の桜は少し色が薄い」ということです。
そうなのです。桜の色に艶がないのです。
色が薄いというか桜の花のしっとりした仄かな色合いがなく、散り際のような、剥げた感じがします。
これは今年、、但馬に雪が降らなかった事と関係があるのではないかと考えます。
雪の下で野菜が甘くなるように、雪の冷たさや厳しさは桜に艶やかな美しさを与えているのだと思います。
情況が厳しければ厳しいほど、内に蓄えるものが深く艶やかになってゆくのでしょうか?
もし、そうだとすれば、快適を求め、便利さを追求することは、人の心にも色の薄い桜の花を咲かせることになるのでしょうか?
何はともあれ、恙なく今年も桜の季節を迎えられたことを心より感謝しています。


   そこだけは闇せまらずに大桜






   
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2010年03月29日

葵句会総会

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猫昨日、平成21年度葵句会総会を無事終えました。
句会員さんが28名と大所帯になったので、昨年の忘年懇親会から食事をともなう総会などの行事は地区の公民館をお借りしています。
幸い区長さんや、地区内の方達も句会員さんですので、気軽に広い会場を使わせて頂くことができます。
会長さんの挨拶に始まり、会計報告、監査報告などスムースに総会を終えることが出来、3月の例会もいつものように実施しました。
新年度を迎えるにあたり改めて句会の運営は会員の皆さんのご協力と支えがあってこそのものであると強く実感しています。
会場のテーブルの設置や湯茶の支度、お料理の注文や配膳、また終了後の後片付けなど、全て会員さんたちが手分けして快く引き受けて下さいました。
未熟な主宰者を支えてくださる会員の皆さんに心より感謝しております。
皆さんのご厚情にどうしたらお応え出来るのか、非力な私にはとても難しいことですが、感謝の気持ちを決して忘れることなく日々精進を積み重ねてゆきたいと思います。



   弥生尽ひとつひとつを積み重ね
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2010年03月22日

芽吹き

   芽吹き1.JPG    芽吹き2.JPG  

猫寒暖の繰り返しの中、季節は足早に過ぎてゆきます。
一雨ごとに芽吹きが進み野に緑が目立つようになってきました。
明日の日替わりに使おうと思って前の空き地にユキノシタを摘みにゆきました。
ユキノシタは前に投稿した侘助の下に生えているのですが、侘助の葉が虫に喰い尽されてしまい、日当たりが良くなったせいでしょうか、随分大きくなっていました。
そして、そのユキノシタの中に侘助の小さな若木が芽吹いていました。
まだ、ほんの小さな苗ですが、それでも青々とした葉をつけています。葉がなくなって今にも枯死しそうな親木のそばに芽吹いた若木。
いつか、立派な侘助に成長することでしょう。
逆境に耐え、脈々と受け継がれてゆく草木のいのち。
いのちを繋いでゆくという自然の壮大な営みに胸がおののきます。
万物の霊長を自負している人類の傲慢さを思い知らされるような気がします。
自然界の一住人としてもっと謙虚であるべきではないかと自問自答しています。
夕方に来られたお客様にここみを頂いたので先ほど摘んだユキノシタと昨日友人から届いた独活を併せて天ぷらにしました。
大切な芽吹きのいのちを頂くことを感謝しながら夕餉の一品にしたいと思います。


   尊みて芽のてんぷらを食すかな
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2010年03月10日

言霊

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猫12日の俳句教室ひだかの準備を終えほっとしています。
句作をしたり添削をしたりする時、一語の重みをひしひしと感じます。
一語が持つ力の大きさに驚き、また惧れを抱きます。
俳句はわずか17文字なのでひとつの言葉が一句を左右します。
ことばの大切さを学ぶのが俳句なのかもしれません。
もともと先人はことばには言霊が宿るとしてことばを敬い、その扱いにも万全の注意を払ってきました。
忌みことばとして蘆を葦、梨を有りの実、硯箱を当り箱などとしてことばから受ける不吉な意味や連想をを避け、ことばの端々にまで気くばりをしてきました。
それがメディアの発達によって大きく変わってきました。
取捨選択をする余地のないほどの大量のことばが氾濫し、刺激的なことばが万人の耳に入ってくるようになりました。
私が子供の頃には殺すとか死ぬなどということばは恐ろしくて大人も子供も決して口にしませんでした。
ところが、私の息子達の子供時代になるとテレビゲームの中で殺す殺されるということばを平気で使うようになりました。 
現在では更にもっともっとエスカレートしています。
俳句におけることばの重みや力を切実に感じている昨今、何かとても不安です。
日々報道される連鎖的な事件の頻発は言霊がなせるわざではないかなどと考えてしまいます。


    ひとひらに浮力引力春の雪
posted by あいちゃん at 14:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月01日

椿

   つばき1.JPG   つばき2.JPG

猫里の母が椿を持ってきてくれました。
赤、白、ピンクと色とりどりでとても綺麗です。
軒先にまで徘徊する鹿に下枝はみな喰われてしまったそうですが、それでも鹿の背の届かないところには、このように綺麗な花を咲かせているとのことです。
加齢のせいか最近、何を見てもいのちの愛おしさを感じます。
いのちのあるものの美しさは一木一草に至るまでみな同じです。
鹿の難を逃れて美しく花開いた椿。
生きのびてこそ、この時を迎えられたのだと思います。
戦争を知らない世代として生まれ、平和と自由を享受しながら生きてこられた幸せ、そして今こうして生かされていることの有難さをしみじみ感じます。
この身に余る幸せや感謝の気持ちを何かに表すことが出来るのでしょうか?
非力な私に何ができるのか?日々問いかけながら暮らしたいと思います。
今日から三月、いよいよ本格的な春の訪れです。
椿は木に春と書きます。
すべての人達、そしていのちあるもの全てに春が来ることを願ってやみません。
おりしも、先ほど東井義雄先生の記念事業として発刊されていた「いのちのことば」の最終刊号を東井義雄白もくれんの会顧問のK先生に戴きました。


    大輪のいま解れんと唐椿
posted by あいちゃん at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月15日

蕗の薹

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猫句会員さんから蕗の薹を頂きました。
今年の冬は但馬に雪がなく蕗の薹も早こんなに大きくなっています。
そして、昨年のブログにも掲載したように最近の蕗の薹はとても薄着です。
近年暖冬が続き厳しい寒さに耐える必要がないからでしょう。
外皮がほがほがして空洞があり、中まで見えます。
私が子供の頃雪間から摘んだ蕗の薹とは随分ようすが違いスマートです。
大雪に耐えやっとかおを出した蕗の薹はもっと厚着で中身がぎっしりと詰まった感じで形も丸々していました。
気候や環境の変化は生き物の生態をこんなに変えてしまうのでしょうか?
私たち人間も同じだとすると何か恐ろしいような気がします。
暖房の完備した生活に慣れてしまった私達は衣服が薄着になっただけでなくもしかしたら内面までも空洞化しているのではないかという惧れを抱きます。
それでも、頂いた蕗の薹は夕餉の一品として天ぷらにすると、ほのかな苦味と春の香りが口中に広がりました。
どのような環境の変化にも堪え得る本質が万物にあることを信じようと思います。


   人一人草一本や蕗の薹
posted by あいちゃん at 15:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月29日

異変

   いへん1.JPG   いへん3.JPG

猫私のテリトリの駐車場の隅の空き地に異変がおきています。
この空き地には戦後にくず鉄拾いから一代で財を成された方が仕事の合い間に植えられた野山の草木がそのまま残っています。
大半が駐車場になっていますが、猫の額ほどの隅の部分が昔のままで田舎育ちの私にとってはかけがえの無いオアシスです。
その空き地の草木の一本、侘助に一大事がおきています。
昨年の秋頃から少し元気がないと思っていましたが、ついにこの冬、葉が一枚も無くなってしまいました。
この木に取り付いた虫に葉を喰い尽されてしまったのです。
見るも無残な姿になってしまった侘助にことばもありません。
僅かにのこっている小さな蕾も葉がなければ生きてはいけず、ほどなく枯死してしまうでしょう。
私がここに嫁してくる以前から毎年慎ましやかな花を咲かせていた侘助の余りの変わり果てように胸を締めつけられます。
このところの暖冬は何を意味しているのでしょう。
雪が降っても翌日には急激に気温が上がり、以前のように積雪が何日も続くようなことはありません。
雪かきや雪下ろしといった重労働から開放される反面、微妙な自然のバランスが崩れてしまいました。
害虫がそのまま生き残って草木や農作物を食荒らします。
又、積雪による飢餓によって自然淘汰されていた鹿が暖冬によって殖え過ぎ山の木々を食荒らしています。
実家の母の話によると里山の木々の葉も家の庭木の葉も一枚残らず鹿に喰い尽されてしまっているということです。
残っている緑といえば、毒になる馬酔木だけだそうです。
古人は雪を豊作の前兆として尊び万葉集の家持の歌にも「新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事」と詠まれています。
天候の異変が植物の異変になり人々の異変となってゆく。
ドミノ倒しのように破滅へと向うのではないかという強い不安に駆られます。


   侘助の葉陰にありてこそ好けれ
posted by あいちゃん at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月25日

葵初句会

   あおいはつくかい1.JPG   あおいはつくかい3.JPG

猫23日は葵句会の2010年初句会でした。
新年会と重なって欠席の方もありましたが、多数の参加者を得て無事終えることができました。
今月の互選で高得点だったのはお母様の喪のため欠席された方の句でした。
1月8日に93歳のお母様を見送られたとのことで、その追悼句はいずれも胸を打つものばかりでした。
私たちは何のために俳句を学ぶのか?
私は辻桃子さんの著書の中の「「俳句を学ぶのは世界にたった一人しかいない自分のただ一度きりの生を書き留めておくため」という言葉に共感し句会でもそのことをお話しています。
ずっと以前、ある句会に所属していた頃、その句会に一人暮らしをされている老人がおられました。
その方が 「父母なくも帰る村あり稲の花」という句を詠まれたことがありました。
あれから長い年月が経ちますので、その方はすでに故人になられていますが毎年、稲の花が咲く頃になるとその句を思い出します。
初句会で私が特選に頂いたのは「雪浄土二千十年の光射す」という句でした。
「点滴をみつめ続ける去年今年」「意識なく母おだやかに年を越す」という句と同時に出されたその追悼句は大晦日から元旦にかけて但馬の地に降り積もった雪景色の中でお母様を見送られた作者の思いが凝縮されているような気がします。 
未熟な主宰者の私には俳句の本当の良し悪しはわかりませんが、その人にしか詠めない句、その人だから詠める句ををめざして、今年も会員の皆さんと共に学んでゆきたいと思っています。


  初雪のひと夜一句を抱きたり
posted by あいちゃん at 15:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月14日

大雪

   おおゆき1.JPG   おおゆき4.JPG

猫昨日よりの積雪でこの冬一番の大雪になりました。
午前中もずっと降り続き客足も途絶えています。
降りしきる雪を窓に見ながら私が小学1年生だった頃を思い出していました。
実家のある村から小学校までは5Kほどの道程がありました。
その頃は現在とは比べものにならない程雪が多く除雪車もありませんでしたので、いつもは上級生の足跡について登校するのですが、時には背丈を越すくらいの大雪になり、子供の足では歩けなくなります。
そんな朝には母におぶわれて登校しました。
今振り返ってみると、母はあれだけの雪道を幼いといっても小学生の子供をおぶって、どうして歩けたのだろうと不思議に思います。
黙々と歩きながら時々背中の私を揺すり上げる感触を覚えています。
きっと肩に食い込む重さだったに違いありません。
教室まで私を届け、少し授業の様子をのぞいてから又、吹雪の中を帰っていった母の姿が思い出されます。
今更ながらに母から貰ったものの大きさを何かにつけて感じるこの頃です。
幸いにして母は健在で今日も夕方には又、私のところに来る予定になっています。
「年をとると熱いものが一番美味しい」といつも言っている母のために何か暖かい夕食の献立を考えようと思います。


     大雪や母の匂ひの母の背

   
posted by あいちゃん at 15:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月09日

初句会

   はつくかい2.JPG   はつくかい3.JPG

猫今日は俳句教室ひだかの初句会でした。
年末年始の疲れがでたのか、この2,3日体調を崩し38度の熱が続いたため、句会の準備が充分にできず不安でしたが、どうにか無事に初句会を終えることができました。
これまで、体の丈夫なことだけには自身があり、長年の接客業も、体調不良で休んだことは1日もありませんでした。
どんな高熱でも店に出ればすぐに治ってしまい、今回のように3日も熱が続くことはかって無かったことです。
どうにか、店のほうは休まずに営業しましたが、閉店後に句会の準備をする余力が残っていませんでした。
それに、熱のためか声の出も悪く、今日の句会には初めてマイクを使わせて頂きました。
そんな体調不良の講師を暖かく受け入れて下さった会員の皆さんに心より感謝しております。
そして改めて自分の健康に対する責任というものを痛感しました。
自分の体調不良が、自分のみならず会員の皆さんに多大なご迷惑をおかけすることになると改めて思い知らされました。
今日の初句会の体験を元気任せの今までの生活から、体調を管理しながらの生活に切り替える節目にしたいと思います。


     それぞれの顔しみじみと初句会
posted by あいちゃん at 18:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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